スタートアップの支援に注力する弁護士が顧問先等から相談を受けることの多い事項の一つに「利用規約に関する同意の取得方法」が挙げられます。次のような質問を受けることも少なくありません。
「チェックボックスを設けておくことが必須ですか。」
この「利用規約に関する同意の取得方法」をめぐる問題については,令和2年の民法改正によって取扱いが変わりました。
この記事では,改正民法の下において,利用規約の各規定に関する同意の取得その他の方法によって利用規約を契約内容とする方法をご説明します。
利用規約への同意取得は必須なのか
そもそも,アプリやWebサービスをリリースした場合,チェックボックスの利用等によって利用規約への明示的な同意を取得することは必要でしょうか。
この点を検討する上では,改正民法において新設された「定型約款」に関する規定の内容も十分に理解する必要があります(民法第548条の2以下)。
この「定型約款」に関する規定の新設により,定型約款の個別の条項の内容を取引の相手方が認識していない場合であっても,その内容が契約内容となるケースがあることが明確化されました。
具体的には,定型取引を行うことを合意した場合において,次のいずれかの要件を満たせば、個別の条項の内容が契約内容に組み入れられます(民法第548条の2第1項)。
- 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき
- 定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき
いわゆる利用規約は,基本的には改正民法下の「定型約款」に該当すると考えられます。
したがって,改正民法の下においては,チェックボックスの設置その他の方法によって利用規約への同意を明示的な形で取得することは必ずしも必要なく,利用規約を契約内容とする旨をユーザーに明確な形で表示していれば,利用規約の個々の条項は契約内容に組み込まれることになると考えられます。
※ もっとも,実務上は,チェックボックスを設定するなどの方法によって利用規約への同意を明示的な形で取得しておく方が安全と考えられます。詳細は,下記をご覧ください。
利用規約への同意取得に代わる手段
それでは,利用規約を契約内容とする旨は,どのように表示すれば良いのでしょうか。
これについては,経済産業省が公表している「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」や第192回国会の法務委員会での小川秀樹参考人の回答が参考となります。
これらの資料によれば,次のように考えられます。
- 定型約款に含まれる条項そのものを相手方に示すことまでは求められていない。
- 取引を実際に行おうとする際に顧客である相手方に対して個別に面前で示されていなければならず,定型約款準備者のホームページなど,そういったところで一般的にその旨を公表していることだけでは表示とは言えない。
- ここに言う表示は,相手方がみずから契約内容の詳細を確認したいと考える場合には,その表示を踏まえて定型約款準備者に内容の開示を請求し,その内容を確認した上で,不満な点があれば契約を締結しないことが可能となるようなものでなければならない。
- 口頭での表示でも問題ない。
このうち1の内容から,契約締結の際(=アプリやWebサービスの場合には何らかのボタンをクリックしてもらう形になると考えられます)には,必ずしも利用規約全文を示す必要はないと考えられます。
他方で,2の内容からは,「この取引には利用規約の内容が適用される」という旨を契約締結の際に具体的に表示する必要があると考えられます。
そして,3の内容からは,利用規約を掲載したページへのリンクを記載したり,利用規約をダウンロード等する方法を明確に記載したりする方が良いと考えられます。
利用規約へ同意を明確な形で取得しない場合には,少なくとも,こちらの3点には気を付ける必要があります。
なお,上記の小川参考人の回答には,次のような説明も含まれています。
相手方に表示をしていたときというのは、法律的な説明で申しますと、黙示的な合意がこれによって成立するというふうに見るというのがこの制度の説明でございます。
黙示的な合意が成立しないような表示方法では足りないという点には,十分に注意が必要です。
実務的に利用規約への明示的な同意を取得すべき理由
以上より,改正民法下において利用規約を契約内容とするためには「この取引には利用規約の内容が適用される」という旨を明確に示し,利用規約を掲載したページへのリンク等を掲載しておけば,基本的に足りると考えられます。
もっとも,将来的に利用者との間でトラブルが生じてしまった場合,利用者が自ら主体的に利用規約に同意していたことを示すことが,トラブル解決のために有用となることも少なくありません。
そのため,改正民法の下においても,可能な限り,チェックボックスを設定するなどしておき,利用者からの明示的な形での同意を取得しておくことが望ましいと思います。
また,改正民法が一定の例外を設定している点には留意しておく必要があります。以下検討します。
不当条項の取扱い
1つ目の例外は,いわゆる不当条項です。
利用規約において,「相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして(民法)第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められる(条項)」がある場合,当該条項は合意の範囲から排斥されます(民法第548条の2第2項)。
※ なお,細かい点にはなりますが,本条項は消費者契約法第10条とは趣旨を異にするものであり,ある条項を争う際には,民法第548条の2第2項と消費者契約法第10条は選択的に主張することが可能とされています(上記準則29頁注8参照)。
開示請求の拒絶
2つ目の例外は,開示請求の拒絶です。
改正民法には,次の規定があり,利用規約の開示を請求された場合,遅滞なく相当な方法で利用規約の内容を開示する必要があります。
定型取引を行い、又は行おうとする定型約款準備者は、定型取引合意の前又は定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合には、遅滞なく、相当な方法でその定型約款の内容を示さなければならない。ただし、定型約款準備者が既に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し、又はこれを記録した電磁的記録を提供していたときは、この限りでない。
改正民法第548条の3第1項
この開示請求を拒んだ場合には,改正民法第548条の2は原則として適用されません。その結果,利用規約を契約内容とする旨を表示しただけでは,利用規約の個々の条項は契約内容に組み入れられないこととなってしまいます。
※ なお、取引の際に注文画面となるウェブページ上に利用規約へのリンクを張ってあるだけでは、民法第548条の3第1項ただし書にいう電磁的記録によって定型約款を提供したとはいえないとされている点には注意が必要です。
最後に
この記事では,改正民法の下において利用規約を契約内容に組み入れるための方法を,「そもそも利用規約への同意を取得する必要があるのか」という観点から,検討しました。
利用規約を作成してみたものの,どのように同意を取得すれば良いのかが分からない方は,こちらの記事をご参照いただければ幸いです。