スタートアップが従業員に対してストックオプションを発行することは少なくありませんが,現在では,一口にストックオプションと言っても,いくつかの種類が考えられます。
この記事では,ストックオプションの発行を考えられているスタートアップの経営者や法務担当者の方を対象に,無償ストックオプションと有償ストックオプションという二種類のストックオプションについて,その差異等を解説します。
無償ストックオプションとは
無償ストックオプションとは,従業員等に「無償」で付与するストックオプションです。
無償ストックオプションの付与を受ける従業員等は,オプションの付与時には金銭的負担を要することなく,将来的に時価よりも低い金額で株式を取得できる権利を手に入れることができます。
有償ストックオプションとは
有償ストックオプションとは,従業員等に「有償」で付与するストックオプションです。
有償ストックオプションの付与を受ける従業員は,一定の対価を負担することで,有償ストックオプションを購入できます。そして,将来的に株価が上昇した際には,購入時に負担した対価以上の価値を有する株式を、付与時に設定した低い金額で取得することができます。
無償ストックオプションのメリットとデメリット
無償ストックオプションは,付与を受ける従業員等が金銭的負担を必要としないことから,従業員等にとっては魅力的なストックオプションです。
また,一定の要件を充足する場合には,「税制適格ストックオプション」として,税務上の優遇措置の適用を受けることができます(租税特別措置法29条の2第1項)。
他方で,「税制適格ストックオプション」としての要件を充足しない場合,付与を受ける従業員等に次のような不利益が生じる可能性があります(国税庁タックスアンサーNo.1543「税制非適格ストック・オプションに係る課税関係について」もご参照ください。)。
従業員に生じる不利益①:
ストックオプション行使時,株式を現金化する前に税金を負担しなければならない。
従業員に生じる不利益②:
給与所得等として,累進課税が課され,多額の税金を負担しなければならない。
なお,2019年の中小企業等経営強化法の改正によって,「税制適格ストックオプション」の適用対象となる者の範囲が,会社の役員及び従業員から,一定範囲の社外人材に拡張されました(経済産業省「社外高度人材に対するストックオプション税制の適用拡大」参照)。
しかし,この法改正によってできた制度により,会社の役員及び従業員以外の者が「税制適格ストックオプション」を受ける要件のハードルは低くはありません。
たとえば,対象者となる「社外高度人材」は,概要次のような人物に限定されています。
- 国家資格を有し、当該資格に関する3年以上の実務経験がある者
- 博士の学位を有し、研究、研究の指導、教育に関する3年以上の実務経験がある者
- 高度専門職の在留資格をもって在留し、当該専門性に関する3年以上の実務経験がある者
- 上場会社の役員(取締役、会計参与、監査役、執行役)として3年以上の実務経験がある者
- 将来において成長発展が期待される分野の、先端的な人材育成事業に選定され、従事していた者 社外高度人材活用新事業分野開拓計画を開始する日から遡った10年間に、日本の公私の機関で製品または役務の開発に2年以上従事し、かつ以下のいずれかに該当する者
(i) 上場企業で製品または役務の開発に従事した場合: 従業員であって、開発した製品または役務の売上高が、開発に従事していた期間の開始時点に対し終了時点で全事業の売上高の1%未満から1%以上まで増加した
(ii) 上場企業で製品または役務の開発に従事した場合:
①従業員であって、製品または役務の開発に従事していた期間の開始時点に対し終了時点で、所属していた機関の全事業の売上高が100%以上増加した,又は②従業員又は外部協力者であって、開発した製品または役務の売上高が、開発に従事していた期間の開始時点に対し終了時点で100%以上増加した
また,この制度によって会社の役員及び従業員以外の者に「税制適格ストックオプション」を付与するためには,その対象者の支援を受けて新事業分野を開拓する計画として,「社外高度人材活用新事業分野開拓計画」を策定し,経済産業大臣及び事業を所管する大臣から認定を受ける必要があります。そして,この計画の策定には一定の時間を要すると考えられる上,計画申請から認定までの標準処理期間は45日とされています。
そのため,上記の社外高度人材向けストックオプションの制度は万能ではなく、社外の外部協力者に対してストックオプションを発行しようとする場合には,「税制適格ストックオプション」を発行できず,上記のような不利益が付与対象者に生じてしまう可能性が高いと考えられます。
有償ストックオプションのメリットとデメリット
有償ストックオプションは,特に上記の「税制適格ストックオプション」としての要件を充足させるのが困難なケースにおいて,非常に有用です。
具体的には,次のようなケースでは有償ストックオプションとすることを検討すべきです。
- 既に多くの株式を保有する創業者に対してストックオプションを発行する。
- 従業員ではない外部の協力者に対してストックオプションを発行する。
- 監査役に対してストックオプションを発行する。
- 税制適格要件に縛られずに設計したストックオプションを役職員に付与したい。
また,有償ストックオプションには,付与を受ける従業員に金銭的負担を要求することになる関係で,従業員に関心を持ってもらえるというメリットがあります。
そもそも,ストックオプションが従業員等のモチベーションを高める目的で発行されることが多いことに鑑みると,付与を受ける従業員等に仕組みを理解してもらえないストックオプションを発行することには意味がないと言えるかもしれません。
そのため,無償ストックオプションを発行するにしても,有償ストックオプションを発行するにしても,発行前後のタイミングで従業員等にストックオプションの仕組みを説明し,理解してもらうことは必要不可欠だと考えられます。
有償ストックオプションは,従業員等による「購入」が必要となる分,無償ストックオプションよりも,従業員等による理解が進みやすいと考えられます。
他方で,この「購入」が必要になるという性質上,有償ストックオプションは,その付与を受ける従業員にとって,場合によっては,その取得に際して結構な金額を支出しなければならないという側面があります。この点は,有償ストックオプションのデメリットと言えるかもしれません。
また,有償ストックオプションを発行する上では,専門機関に依頼してストックオプションの公正価値を算定してもらう必要があります。
この公正価値の算定には,数十万円〜百万円程度の費用が必要になることも少なくありません。
このような費用を支出する必要があることも有償ストックオプションを発行する上での障壁と言えるでしょう。
最後に
この記事では,スタートアップが従業員等のモチベーションを高める目的で発行することも多い無償ストックオプションと有償ストックオプションの2つの種類のストックオプションについて,その概要とメリット・デメリットを記載しました。
ストックオプションの発行にかかる費用は,専門家に支払う報酬や登記費用その他の実費を考慮すると,スタートアップ企業にとっては,決して低いものではありません。
そのため,発行するストックオプションの種類や設計を決めるにあたっては,細心の注意を払うことが必要になります。
ストックオプションの発行を考えられている方には,その種類や設計について,まずはスタートアップの法務に精通した弁護士に,一度相談することをおすすめします。
※ なお,近年では,信託型ストックオプションと呼ばれる種類のストックオプションが利用される例も増えてきています。日本経済新聞の記事でも,2021年のIPO企業の22社が導入していたことが紹介されています(日本経済新聞「新株予約権「信託型」が3倍 21年IPO企業、22社が導入」)。しかし,この信託型ストックオプションは,法人課税信託を利用したものであり,他の種類のストックオプションと比べて特殊性が高いことから,この記事での解説は省略しております。