スタートアップでは,役員や従業員のモチベーションを高めるインセンティブとして,ストックオプションが導入されることが少なくありません。
しかし,ストックオプションは,代表取締役などの経営者のみの意思によって発行できるものではありません。ストックオプションは,会社法上の新株予約権に該当するため,会社法に定められた手続を遵守して発行される必要があります。
この記事では,ストックオプションの発行を考えられているスタートアップの経営者や法務担当者の方を対象に,ストックオプションの発行手続について,その概要を説明します。
なお,ストックオプションのメリットにつきましては,中小企業基盤整備機構が運営する「J-Net21」上のQ&A「ストックオプションのメリットについて教えてください。」なども参考になるかもしれません。
ストックオプションの発行手続の概要
最初に,ストックオプションの発行手続の一例は次の図の通りです。
※ なお,以下の説明は,非公開会社である取締役会設置会社が,従業員に対してストックオプションを付与することを想定したものとなっています。
まずは,取締役会において,株主総会の招集を決議します。この取締役会において,株主総会において何を決議するのかについても決議する必要があります。
次に,株主総会において,ストックオプションの募集委任事項を決議します。ストックオプションの数の上限などを株主総会で決議します。
その後,取締役会において,株主総会で決議された募集委任事項の範囲内で,具体的に,いつを割当日として,誰に,何個のストックオプションを発行するかを決議することになります。
そして,その取締役会決議に基づいて,具体的にストックオプションの付与を受ける従業員との間で,ストックオプションの割当てに関する契約を締結します。
最後に,ストックオプションは,会社法上の新株予約権に該当するため,会社法に基づき,新株予約権原簿を作成するとともに,割当日から2週間以内に,変更登記を行う必要があります(会社法249条,915条,911条3項12号)。
※ なお,ストックオプションは,その発行方法によっては,複数の従業員に対して発行する場合であっても,最短1日で発行手続を完了させられるものと考えられます。もっとも,その発行後,登記が完了するまでには,追加で一定の期間が必要になります。
ストックオプションの発行手続の失敗例
概要としては上記のような流れによって発行することが可能なストックオプションですが,その発行手続に際しては,次のような失敗に陥ってしまう可能性があります。
ストックオプションの発行手続に際し,臨時株主総会に加えて種類株主総会が必要であったにもかかわらず,必要な種類株主総会の開催を失念してしまった。
詳細な説明は省略いたしますが,ストックオプションの発行に際しては,株主総会だけではなく,種類株主総会が必要となる可能性があります。
種類株主総会自体が忘れられてしまう傾向にあることから,これを失念してしまう会社は少なくないかもしれません。
役員に対するストックオプションの発行手続に際し,報酬決議が必要になる場面で,報酬決議を失念してしまった。
役員と従業員の両者に対してストックオプションを割り当てようとする場合,役員との関係では,報酬決議が必要となる可能性がありますが,それを失念してしまう可能性があります(会社法361条)。
ストックオプションの発行手続に際し,登記申請を行った後に,登記手続に必要な書類を揃えられていないことが判明した。
ストックオプションを発行した場合には登記が必要になりますが,そのためには一定の書類を適切な形式にて揃える必要があります。
必要な手続書類の作成を失念したまま登記申請を行ってしまった場合には,法務局から指摘され,追加で取締役や株主から書類への押印等を回収する必要性に迫られてしまう可能性があります。
ストックオプションの発行手続は弁護士に相談すべきか
それでは,上記のようなストックオプションの発行手続は,弁護士などの専門家に相談する方が良いのでしょうか。
この点について,特に弁護士にストックオプションの発行手続を相談した場合には,次のようなメリットを享受することができます。
そのため,基本的には弁護士に相談する方が望ましいと考えられます。
メリット①:ストックオプションの設計を相談できる。
一口にストックオプションと言っても,有償で発行されるものや,無償で発行されるものがあります。また,近年では,信託型のストックオプションも登場しています。
ストックオプションの発行に際しては,このような複数の種類を有するストックオプションから,自社にあったものを選択する必要があります。
加えて,仮に無償で発行するストックオプションを選択したとしても,その設計として,たとえば次のような事項を決定していく必要性が生じます。
- ストックオプションの相続を認めるか否か。
- ストックオプションにどのような内容の行使条件を設定するか。
- M&Aによるエグジットの際の取り扱いをどうするか。
ストックオプションの発行手続を弁護士に相談すれば,この辺りのストックオプションの設計についても相談することができます。
いわゆるベスティングの設計についても,弁護士に相談することが可能になります。
※ いわゆるベスティングとは,概要としては,行使できるストックオプションの数や割合を,その付与日から一定期間の経過によって確定させていくものになります。たとえば,付与日から1年ごとに付与新株予約権数の20%ずつを確定させ,5年経過時に100%行使可能とすることなどが考えられます。
メリット②:税制適格ストックオプションについて学べる。
従業員に対して無償でストックオプションを発行する場合,従業員は次のような不利益を被る可能性があります(国税庁タックスアンサーNo.1543「税制非適格ストック・オプションに係る課税関係について」もご参照ください。)。
ストックオプション行使時,株式を現金化する前に税金を負担しなければならない。
給与所得等として,累進課税が課され,多額の税金を負担しなければならない。
このような不利益を避けるためには,いわゆる「税制適格ストックオプション」を発行しなければなりません。
税制適格ストックオプションの主な要件は次の通りです(租税特別措置法29条の2第1項)。
ストックオプションの発行手続を弁護士に相談することで,これらの要件を遵守した形でのストックオプションの設計,割当契約書の作成が可能になると考えられます。
- ストックオプションの譲渡が禁止されていること
- 権利行使価額の年間の合計額が,1200万円を超えないこと
- 1株あたりの権利行使価額が契約締結時の株価以上であること
- 付与決議日において,大口株主等ではないこと
- 行使期間が付与決議の2年後から10年後までの範囲内であること
メリット③:付与個数についても相談ができる。
ストックオプションは潜在的な株式であることから, その付与対象者が会社にとって重要な従業員であっても,大量に付与してしまうことはできません。
大量のストックオプションを発行してしまうと,将来的にストックオプションの行使によって株式の価値が大幅に希釈化される可能性が生じてしまいます。
このような状態に陥ってしまうと,将来的に株式公開(IPO)を考えた際に,その足枷となってしまう可能性があります。
したがって,ストックオプションの発行数は慎重に検討する必要があります。
ストックオプションの発行手続に精通している弁護士に相談することで,妥当な発行数等についても相談することが可能です。
最後に
この記事では,スタートアップで役員や従業員のモチベーションを高めるインセンティブとして使用されるストックオプションの発行手続について,その概要や,弁護士に依頼することのメリットを記載しました。
本文にも記載した通り,ストックオプションは会社法上の新株予約権に該当することから,会社法の手続を遵守して発行する必要があります。そして,会社法が定める発行手続は,会社の機関構成(取締役会を設置しているか否か)や,付与対象者(役員が含まれるか否か)によっても異なります。
また,一口にストックオプションとは言っても,いくつかの種類が考えられます。そして,発行の目的などに応じて設計も十分に検討する必要があります。
そのため,ストックオプションの発行を予定されている方には,その発行手続や設計などについて,一度弁護士に相談することをおすすめします。